「池田武邦の戦後」に

                                                            高 橋   恒

 NHKのBS放送で、池田武邦の戦後という番組があった。
 氏は、戦後の建築界をリードした建築家である。
 彼は、自邸を棟に鰹木の補強がある茅葺きとした木造で作った。 自在カギを吊った囲炉裏を設け、簡素な神棚を祭ってある。
 ロケーションは海に臨んだ斜面の中腹にあり、明治の貿易商、河内寅次郎の臥龍山荘に相似していて、自然に溶け込んだ様相をもっている。 広い開口部は、室内を海に向かって開放する。 自然と一体化した趣。

 嘗て、彼はル・コルビジュエのモデュロールを日本人の身体寸法に合わせて作り直した7尺モデュロールを提案している。

 また、長崎の工業団地用地に作られたハウステンボスで、排水処理、中水利用、海水淡水化、コジェネレーション、生ゴミのコンポスト化、護岸の近自然工法、樹木植裁など、合理主義的手法を駆使して、テーマパークのエコロジカル化を成し遂げた。

 近代の象徴でもある超高層ビルを手がけた人生後半に、近代建築批判を繰り広げた彼にふさわしい自邸といえよう。
 合理主義的思考を人間化する、そんな建築家と見ていた。

 だが、神棚の神はなんだろう。

 地球が生命系であることを明らかにし、大地の女神ガイアと名付けたJ・ラヴロックは、この科学的事実に宗教的な畏敬の念を感じ、「いまのところ、神に対するわたしの信仰は実証主義的不可知論の段階にある。わたしは科学に深入りしすぎていて、純真な信心というものができない。しかし、それと同じくらい霊的に受け入れられないのが、純粋な事実からなる唯物論者の世界である。 芸術と科学は相互に結びついていると同時に宗教とも結びつき、互いを拡張するもののように思われる。ガイアが霊的な存在であるとともに科学的な存在でもありうるのだと考えると、わたしには大いに合点がゆく。」と、ガイアの宗教性について述べている。

 また、熱力学の第二法則は、すべての運動をエントロピーの増大する不可逆過程としており、生命体の生・老・死は超えられぬ科学的原理とする。 即ち、これはとりもなおさず神ということになる。

 これをサポートするように、哲学者グレゴリー・ベイトソンは、「われわれの個々の精神(こころ)は内在的なものだが、ただ身体のなかにあるだけではない。それは身体の外側のさまざまな経路やメッセージのなかにも内在している。 そして更に、そうした個的な精神(こころ)をその下位システムとして含むようなもっと大きな精神(こころ)がある。 このより大きな精神(こころ)はいわゆる神に匹敵するもので、おそらくある人々が「神」と呼ぶのはこれをさすのだろう。 しかし、この精神(こころ)はあくまでも相互につながりあった全社会システムと惑星生態系のうちに内在するものなのである。」と考えている。

 そして梅原猛は、日本人の神の原点は神仏摺合にあるという。 森の樹に神を見て仏像を彫る、円空にそれを見ている。
 樹木に降りる神は、超越的な神とは異なり、救済というよりは、むしろ恵みと禍をもたらす神であり、農耕民であれ狩猟民であれ、感謝と畏敬を感じる存在であった。
 この神と仏が摺合する。
 仏陀は人間の苦悩を逃れんとして修行に励み、悟り、己の哲学を拓いた。 そして自助から説法へと進んだ。 その哲学は「空」であり、自然の流動性との一体化の認識であった。

 池田は小学校に入学時に、先生が団栗を植えさせ、卒業時にそれが芽生えて育っためいめいの椎の木の苗を与え、それぞれを自分の家の庭に植えさせたことを、すばらしい教育だったと懐古し、嘗ての我が家であった地に大きく聳えたその椎の木に触れて感動している。 この教育は、いのちの教育といえるものだろう。
 彼は、自邸の屋根に葺いた萱について、神様の作った材料と呼び、その性能の万能性を讃えてもいる。

 これらはいずれも神を承認する認識であり、自然のうちに循環する流れのうちに霊的な原理を見ているといって良いと思われる。

 池田家の神棚の神がこのような神ならば、自然神なのだろうが―。
 この神が自然神でも、アマテラスと重ならないかが、私には気になるところである。

 彼は海軍将校として、沖縄特攻作戦に戦艦大和と共に出撃した巡洋艦矢矧に乗り組み、共に撃沈された。 多くの戦友を失い九死に一生を得た。 彼は、過去の事実を歴史として受け止めることなしに未来は開けないとしている。 このことなしには日本人のアイデンティティは開けないという。
 戦中派としては当然の認識だと思われる。

 しかし、終戦派を自称する私(1930年生)は、少し違う。
 敗戦によって大人のいうことはすべて嘘として破砕されてしまった。 ニヒリズムがこころの原点となっている。 歴史も国も、すべて一旦消えたのだ。 受け継ぐべき価値は何もない。
 私の(私たちのといえるのではないかと思う)目には事実は客観的なものとしてのみ映っている。 私の目は、戦争を戦ったどちらの側にも属さない。

 その目で見ると、彼の神棚の神にはアマテラスと重なるものがあるのかも知れないと思ってしまう。 このアマテラスは、国家神道と重なっている。 即ち、一つの価値となってしまっているものだ。 歴史の伝承とはそういう範疇に含まれている。 椎の木から落ちた団栗がまた椎の木になるような、いのちの伝承とは違うものだ。

 自然とか環境とかを捉えようとするとき、国とか歴史とか個別に意識されるものではなく、地域とか生態系とか自然の流動性と一体化しうる神を承認することが求められるのではないだろうか。 そうした神に形式的な神棚は必要としない。
 根元的な神を知っている彼なのに、歴史や伝統から離脱し得ないでいるようにも見える。 彼の神棚は戦友の鎮魂のためのものであると思いたい。

 嘗て、建築家菊竹清訓が「カ・カタ・カタチ」という理論を唱えたことがある。 「カ」とは理念であり、「カタ」とはシステムであり、そして「カタチ」形を生むとする。 これは普遍に通ずる抽象性(神)から発想するプロセスを意味している。 これに対して、建築評論家川添登流にいえば「チ・タチ・カタチ」というプロセスもまた成立する。 この「チ」は一般的には「血」とされるが、「血」ではなく「地」と読むべきではないかと思う。 あるいは、もともと「血」は民族などという共同幻想ではなく、生活共同体に流れる集合無意識を意味するものであったのかも知れない。 そうであれば「タチ」は間違いなく民族意識ではなくバナキュラー(地方性)となる。

 持続可能な社会システムを創出しようとするとき、有限な環境の中では、生態系の地域性に基づくことが一義的に求められる。 しかし、資本主義がグローバリズムを唱えて、あくなき競争に突き進むとき、民族に相い重なる宗教がこれに抵抗して力の抗争を繰り広げることを招来し、武力的・経済的に競争し争うことのみが現象する。 ここでは、それぞれの神は互いに認め合おうとしていない。 即ち、それぞれに価値の範疇に属しながら、既に「チ」を異にしているのだ。 競争の結果として、地球生命系ガイアの環境の平衡状態は遷移し、系を構成する生物種の一つである人類は絶滅してしまう。

 ガイアという生命系を、神様の作った材料「萱」を讃えるように、共に神の原理として承認することが、私たちの持続可能性を保証してくれる。 「チ」を「地」とし、「タチ」をヴァナキュラーとして、未来の世界の「カタチ」を描かなければならないのではないか。
 地球をガイアとして視認しうる高みにまで、視点を移す力=叡知が、今や試されているといって良い。

 私はヴァナキュラーこそが、神(自然的原理)を承認する真の世界であり、仏陀の住む万物共生の道なのではないかと思っている。

                                                          (2008.3.20
)
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